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東日本大震災と正式名称

義援金受け付け窓口設置に向け大震災の正式名称を検討しました。

ニュースでは表記の東日本大震災や東北関東大震災などいくつかの名称が飛び交っていますが、
調べると、気象庁による正式名称は、「東北地方太平洋沖地震」だそうです。思い起こせば、
阪神淡路大震災の折も、正式名称は兵庫県南部地震でした。

今回の正式名称は、少し長いということもありますが、それ以上に地震、津波、原発事故の
複合した未曾有の大災害には合わないように思えます。また、対象地域が東北を中心に関東甲信越
(津波では和歌山、高知)まで広がっていることを考慮すると、流布している名称の中では、
東日本大震災が適切と思い建築士会の義援金受け付け名称に使用することになりました。

今回の広範囲な被害が地震、津波、原発事故から発生していることは私たちの歴史的な悲劇で
あるように思えてなりません。これを乗り越えるためには、日本全国をあげて行動することが
必要ではないでしょうか。

平成22年 謹賀新年

謹賀新年

昨年は大不況の中、建築士法の大改正がほぼ終了した年でした。政界では政権交代が行われ新たな社会構築の予感があるものの、私たち建築士にとっては、厳しい船出であることは間違いがないようです。

しかし、早々にいただいた年賀の挨拶に、この過酷な状況にやりがいのある建築社会の誕生を予感されている方や改めて日本の原風景や日本の社会を再評価される方々の言葉をいただきました。前者は日本建築士会連合会会長の藤本様で、この状況の大変化こそが、これまで潜在化していた真の社会的ニーズを顕在化させ、私たちの魅力ある業務環境をつくり出すのだといわれます。

私はこのこれまで潜在化していた真の社会的ニーズをいかに感じ取りそれに向けた行動ができるかが、仕事でも建築士会の業務でも勝敗を分けるように思います。私たち自身が今までの硬直化した社会ではできなかった、あるいはできないと思っていたことがやれる時代が出現したのではないかとも感じるのです。

建築界では、建築基本法制定への動きが聞かれます。基本法とはさまざまな法律の上位法であり、国の制度、政策、対策に関する基本方針・原則・準則・大綱を明示したものであるといわれています。例えば教育基本法や平成18年6月に公布された住生活基本法がありますが、いままで建築関係法令に基本法が無かったことが建築政策の貧困を現しているという識者も多くあります。

社会がますます複雑化、高度化している現代においては、一定の行政分野における政策の基本的方向を定め、関係政策の体系化を図ることはますます重要になってきており、むしろ基本法の意義を積極的に位置付けていくことが求められているとも言われています。
しかし、現在進められている諮問会議では「安全で質の高い建築物の整備を進めるための建築行政の基本的なあり方」として、安全で高品質な建築物の整備促進に向け、建築基準法などで規定する最低限の安全や環境を確保するための基準だけでなく、建築関係者と国民が広く共有することができる目標、基本理念、関係者の責務の設定を求めています。

 法案の具体的な内容を検討する基本制度部会では、有識者や団体などからのヒアリングを交えながら、質の高い建築物整備に向けた目標や基本理念、関係者の責務のあり方について、基本的な方向性を議論するようです。具体的には整備目標やその表示方法、環境への配慮のほか、質の高い建築物の整備に向けて優秀な人材を確保する観点から、適切な設計報酬のあり方なども幅広く検討する見通しだとされています。

 建築関係団体で議論が進められていますが、今大切なのは、私たち一人ひとりが自身の仕事から制度を建築士の役割を考え、行動を起こすことです。この流れを建築基本法の議論に持ち上がりたいと考えます。

建築士会に、仕事に おおいに頑張る年としたいものです。

京都府建築士会会長 衛藤照夫

二人のピアニスト(辻井伸行・梯剛之)ー音が創る生命ー

辻井伸行君は2009年のヴァン・クライバーン国際音楽コンクールに優勝を果されたピアニストだ。コマーシャルをはじめメディアにはよく登場されているので、皆さんもご存知と思う。梯剛之君は、辻井君より11歳上のピアニストでこちらも演奏会やCDを多数出されている。お二人に共通なのは、10歳ころから神童振りを発揮され海外での演奏活動をされ現在は世界的に有名なピアニストとして活躍されていることである。

ピアニストに限らず世界を股にかけて活躍するアーティストは、国際コンクールでの入賞効果が大きい、ことに優勝の二文字は何にも代え難い威力を持つといわれている。そういう意味で辻井君の場合はまさに快挙であり、世間が大騒ぎするのもよく解る。

しかし、僕は梯君のピアノが大好きで、彼のモーツアルトはi-podで愛聴している。

初めて彼の音楽を聴いたときに感じたのは、とにかく音が喜びを身いっぱいに表しているところなのだ。モーツアルトのピアノ曲は、単音が多く、しかもそれが重要であるのだ。ということは、その音色が如何に大切かということだと思う。彼のモーツアルトはそういう意味で輝いている。子どものように素直な感性がピアノの音に出会って、その喜びをみなぎらせているように感じてやまない。多くのモーツアルト弾きといわれるピアニストの演奏がともすれば感情に流され、音色に無頓着に弾いてしまう速いパッセージを彼は、たやすく美しい音で慈しみしかも楽しんで弾いている。

梯君ファンの僕としては、いきなり有名になりメディアに頻繁に取り上げられた辻井君に一歩距離を置いていたというのが正直なところだ。

昨日、事務所近くのブックストアにあるCDショップで偶然に辻井君の試聴CDを見つけ、つい聞いてみた。

まず、ショパンリサイタルの舟歌を選んだ。水面に櫂をつけるような少し重厚だが、澄んだ和音で始まるこの曲は好きで、多くのピアニストの演奏を聴いている。彼の舟歌はやや軽快に過ぎるように思えた。やはりと勝手な納得をして、すぐに最新のCDに移った。

リストの愛の夢を選んだ。柔らかな音色の出だしの6度の二音に僕は引き込まれてしまった。柔らかく歌うメロディと、めりはりの利いた重音はなんて魅力的であることか。横のディスプレー棚には佐渡裕さんの寸評が展示されている。「若い辻井君が、僕の奨めでピアノに向かうと音楽の神が降臨して彼に乗り移ったようだ。僕は涙が止まらなかった。」と書かれている。僕は、次のCDに移った。ヴァン・クライバーン国際音楽コンクールでのライブCDには、生き生きとした躍動感にあふれるショパンが入っている。ずっと聞いていたい気持ちを抑え、今日はまず最新版のCDを持ってレジに向かった。

耳が聞こえなくなった音楽家には、例えば晩年のベートーベンがいる。彼の一生涯を縦断的に語る32のピアノソナタは、好き嫌いはあるだろうが、僕は晩年の6曲が好きである。中でも全ての束縛から脱した大作曲家の軽やかな天国的な境地の作品111の最後のソナタが大好きである。ベートーベンは晩年に聴覚異常になったのだ。梯君は生まれてすぐに、また辻井君は生まれながらに盲目である。ハンディの内容は違うがかれらが音を通じて感じる空間はどのようなものなのだろう。二人にとって音との親和さは計り知れないものがあるのだろう。

テーマ : お気に入りアーティスト
ジャンル : 音楽

「深夜タクシーでの会話」ー建築士の職域ー

仕事柄深夜タクシーの利用が多い。

事務所からの場合は、祇園からの帰りとはちがい、しらふである。
運転手さんも客層を見極めるためもあって質問をしてくる。
「お仕事ですか。」
「はあ、設計事務所なので・・・」
次の質問は、はっきり2つに分かれる。
「それは、ずいぶんお忙しいでしょう。」
と来るかあるいは、「建築業界はどうですか。」だが、こちらは「不況で
すよ。」との答えを期待しての問いである。
どちらの場合も、つい設計業界事情の説明に掛かってしまう。

さて、運転手さんのというか社会一般の反応であるが、当方が設計と
言ったとたん「いやー、細かい仕事ですなあ。大変でしょう。」
とくる。

設計の仕事は細かい精緻な図面を書くこととの社会一般認識が行渡って
いるのだろう。それはその通りで異論はない。

細かい図面とは、多くの場合鉄筋コンクリート構造の鉄筋を一本一本に
いたるまで設計し描くという感覚か、電機や給排水などの配管配線図を
意味している場合が多いことは今までの数十回(?)に渡る会話であきら
かである。また木造建築物でも矩計りなどの詳細図面をイメージされて
いるのかもしれない。

余談であるが、運転手さんによっては「自分も以前は建築業だったん
です。」といわれる方もいらっしゃる。打ち続く不況でこのような方が
増えている。

このように話が弾むと、つい建築士の職域の説明をしてしまう。
「建築士は一言で括れないのです。建築の設計をする人は全建築士の
せいぜい40%で、その中でも鉄筋コンクリートや木造などの分野に
別れるだけでなく、デザインや総括に携わる人以外に構造設計や設備
設計の専門がいるのですよ。」と話すと、「へー、建築士さんはみんな
デザイン設計をされるのかと思っていましたわ。」となる。

有名大学での一級建築士さんだからと自宅の設計・監理を依頼したが
どうも満足いく対応ではない。詳しく聞くと、その一級建築士さんは
構造の専門家だったというような話は結構多い。

自分を振り返ると、大学を出て設計事務所に勤め、公民館などの設計に
明け暮れしているときに知り合いの花屋さんから店の設計をしてくれない
かと言われ、断ったことがある。今思うと、なんと覇気のない態度だった
と思うが、建築の設計の全容が見えていないゆえの回答だったとも思う。

建築士としての経歴は、勤め先で学校、公民館、体育館、特養と設計に携
わった後、独立し個人住宅、貸しビル、商業建築などを経験し、今では医療
福祉にかなり特化して建築設計監理を行っている。

先ほどの運転手さんの話に戻るが、僕が「今では細かい図面は事務所の
若手が書き、自分は企画書、収支計算書作成や全体を見ています。」というと
なんとなく冷たい反応なのである。図面も書かないのかという感じかも
しれない。

自分自身も、そういえばもう図面は書いていないなあと感慨はある。
しかし、建築設計は一人でできるものではなく、設計図書作成のみが業務
ではない。

建築の価値はクライアントの願い、明確に意識されていな場合もある、
この願いを社会的地域的文脈の中で最適の解として創出していくこと
にあるのだと思う。そのためには所謂、図面を描くという作業の中だけに
この解を求めるのではなく、工事監理部分や竣工後のさまざまな整理まで
の業務がなされて初めてクライアントの願いは達成される。

このように、設計業務の中のコスト、工程管理などマネジメント部分に
実は大きな役割があることは、あまり知られていない。もっともマネジ
メント業務のみを行い、設計自体を外注する姿勢もよしとはできない。
企画・設計・マネジメントの全業務が、深く関連して全体が達成される
ものだからである。建築設計は監理段階から竣工後業務までの総合的な
業務でありまた、連携の中でこそ完結する業務であるからである。

テーマ : 仕事と資格
ジャンル : 就職・お仕事

理想の建築士とは

大学では建築家という存在のプライオリティを教えられました。
つまり、建築家(アーキテクト)が建築のなんたるかを総合判断し、建築を創造するというものです。

建築家は無秩序な社会に合理性に裏付けられた美を創造する。このように教えられ、建築家を目指しました。


社会に出ると、そこは想像もしなかった奥の深い世界が広がっていました。


独立してからのことですが、会心の図面を携え訪れたクライアントの第一声に僕は愕然としました。

彼は、このビルを建てたらいくら税金が助かるの?というのです。それは分かりませんと言いかけ、言葉を飲み込みました。

クライアントは建物のデザインだけではなく建築の全てを考えている。これでは歯が立たないと感じ、帰って、会計士に教えを請いました。

その後、建築と税務の融合した企画提案をはじめることになりました。



建築家は建築家だけで物事を進めることはできません。


まずは、クライアントの願い。社会の制約。技術の課題。そうしてものを作る施工者との協働が必要なのです。

建築という言葉には、ものをつくることを中心に、社会や環境そうして人々の生活まで踏み込む創造行為が含まれています。


そうであれば、建築家でありながら、都市環境を、不動産を、税務を

そうして商業を経済をと多方面の専門知識を持つことが求められている
と思います。

少なくともそれらの専門領域との連携が必須なのだと考えます。



これらの知識や技術の連携が、一つの計画に集約されなければなりません。

その要は、クライアントや社会への共感から生まれる熱意です。


この熱意を持つ全人的建築士を、僕は理想の建築士と考えます。

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